そうじゃない?

03.08.22 子供の寝顔を眺めていて涙が滲んできた。
そんな自分に驚いて、最初あまりに愛おしいと涙が出るんだって思ったけど、
ただ愛おしいうれしいってだけじゃなくていろいろな感情の混じった涙なんだな、これが。
この子に会うのに時間がかかったなって。
この子はみんなから愛されてるなぁって。
この子を母親に見せたかったなって。
そんなこと、だらだらと考えてたんだと思う。
そんなことを考えて涙を流すなんて、おれったら意外に苦労してきたの?
ともね。
笑っちゃうねぇ。
02.09.16 それでも幸せならいいんじゃない?

いろいろ経験しているように見えるらしく、お姉さまから相談を受けることが多い。
本当はそうでもないんだけど。
相談に来るお姉さま方は皆、実に寂しげで実に脆く実に頑なだったりする。

多いのはやはりダメな男とつき合っているお姉さま方からの相談。
「私の他にも彼女がいて」
「でもそれは、本当は彼は別れたいんだけど、自殺するとか脅されていて」
「今度彼女と一緒に住むらしいの」
「でも、彼は私とは別れたくないって」
「彼は育った環境が悪くて御両親は離婚されていてだから・・」

申し訳ないけど、とても陳腐な話しだと思うし、
きっと彼女はそんな話を聞いて欲しいだけなんだってことはわかる。

それでもぼくはこんなことを言う。
「騙されているとは言わないけど、そんな男と一緒にいたって『幸せ』にはなれないよ」
思いつく限り、ぼくは彼がダメな理由を羅列する。
もちろん彼女は僕の話に耳を傾けるし、彼と別れるとも言ったりするが、
別れないだろうなって思うし、実際に別れない。
僕が羅列したことなんて彼女はとっくに気づいていることなのだろう。

またしても『幸せ』の問題。

僕がここで使った『幸せ』が意味しているものは、結婚して子供ができてっていう、
ごくありふれた、女性がイメージする『幸せ』だと思う。
そんな男とは別れて、新たに素敵な人と出会い育む『幸せ』
でもそんなものは保証できるものでもないし、あるようでなかったりする『幸せ』だったりもする。
彼は問題はあるけど、そんな問題のある彼を彼女は愛していて、
愛してるからこその喜びも感じている。
つまり彼女はある意味で、今、とても『幸せ』だったりするのだ。
未来の幻のような『幸せ』じゃなく、今『幸せ』なのだ。

ならばそれでもいいんじゃないかって思う。
本当は思わないけど思う。
ものすごい、無力感に襲われるけど、それならそれでいいんじゃないかって思う。
上手くは言えないけど、それが彼女の望んでいることなのだから。

悲しいけどそうじゃない?
やっぱり間違ってる?
01.12.20 人生は暇つぶしじゃない?

映画『陰陽師』またの名を『野村萬齋ショー』を見てえらく気に入っちゃって、
夢枕漠先生の原作を読んでいたら、阿部晴明とライバル関係にある陰陽師が
『人生は暇つぶし。おまえも暇つぶしてるんだろう?』
みたいなフレーズがあって止まってしまった。
それは織田信長の
『人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり・・・』
って考え方にも似ていて当時の人の考え方なのかもしれないけど、
それは今もそうなのかもしれないと思うわけです。
ある意味では危険な考え方ではあるけど。

最近、特にそう思うわけですね。
39年も生きているとなんとなく時間がどうやって過ぎ去っていくのか、
感覚的にわかりはじめるわけです。
このぐらいのペースなんだな、こんな速いペースで年を取っていくんだなって。
すると思うのは意外になんにもできないなって。
さらに思うのは『なにかできるって考えることがおこがましい』とも思うわけです。

そんなことを考えていると人生ってそんなに難しいものじゃないような気もしてくるのです。
誤解のないように書き添えると基本的には『人生って大変』だと思ってます。
基本的に『楽しい』というより『辛い』
でも、70年ぐらいの『暇つぶし』って考えると意外に楽になる。
あれもしなきゃいけない、こんなこともしなきゃいけない、残された時間は・・・。
出世したい、金持ちになりたい、有名になりたい、俺はここにいる。俺を見ろ。
俺の生き様を評価してくれ。なんでおれは認められないんだ・・。
そりゃ辛い。
でもそんなことどうだってよくって、自己満足の『暇つぶし』だと考えるとすごく楽。

働くことで家族とか喜んでくれる人がいればそれで良いんじゃないかと。
自分の場合は家族はいないのでテレビの番組を作りつつ本当は毎日視聴率に追われているんだけど、
それを見て何気なく楽しい時間を過ごした人がいればいいんじゃないのかと。
そのぐらいの軽い『意気込み』で生きてます。

そんなもんじゃない?
やっぱり、間違ってます?
01.10.26

2度結婚してるので、ひょっとしたら2回ぐらい、「君を幸せにする」なんて、
言っちゃったかもしれない。
なんだろう?
「君を幸せにする」って僕らのような、ごくごく普通の人たちにとっては、
すごく甘くてプロポーズに欠かせない必要な言葉だったりするけど、
よくよくその意味を考えて、使ってるのかというと、
経験したことがある人ならわかるかもしれないけど、
「君を幸せにする」って「結婚しよう」と対になっている慣用句だったりしませんか?
んでもって、勢いで両方のフレーズを言っちゃったりして。

自分の場合、本当に申し訳ないと思うのだけど、それは2回とも失敗に終わりました。
「君を幸せにできませんでした」
今思うと、やっぱり「君を幸せにする」なんて無理なことのような気がします。
言い訳がましいけど言い訳でもなく、
またたんなる言葉の言い回しでもなく「君を幸せにする」ことは無理だと思いません?
ただ、「君が僕と一緒にいてときどき幸せに感じてくれればいい」
ってことでしかないような気がするのです。

「幸福」も「不幸」も幻のように、感じる側の感じ方によってコロコロと変わったりします。
たとえばの話。
彼が誕生日でもないのに突然プレゼントをくれた。
素直に喜ぶか、何か後ろめたいことでもあるんじゃないかと疑うか。
彼はただ彼女の喜ぶ顔が見たくなっただけだった。
でも、彼女は、期待していたのとは違う表情。
本当はプレゼントが二人を幸せな気分にできるのに、二人を幸せな気分とは
ほど遠い気分にもできるみたいです。

「幸福」を感じる機会はどこにでも転がっているし、
「不幸」を感じる機会も同様に転がっている。

そういう意味でもう一度「君を幸せにする」って言葉を考えると、
やや無理があるような気がするのです。

3回目の結婚の機会があったら、ぼくはこの言葉を使わないようにしたいと思ってるけど、
こんな回りくどい説明をしてわかってくるだろうか不安なので、また勢いで使ってしまいそう。

そんなもんじゃない?
01.10.19 意外に真面目なhitorigotoになるはずです。
アホのような生活をしつついろいろ真面目に考えることもあり、
そんなことも書いておこうかなって。
以前、「悟り」をテーマにしたhitorigotoだったんだけど、
一応、その流れだったりします。
でも、悟ることって、そこそこ茶化せないようなことが多くてね。
まぁ、見なくてもいいhitorigotoには変わりないのですけど。